2015年8月 修学旅行で行かない京都旅行(3)

明けて3日目は…小雨模様のお天気。
傘が無いとちょっと厳しいか?と言った具合。まぁ良いか、しっとりと濡れた京都も乙なもの。
そんな日に訪れるのは二条城。城好きとしては外せない場所。そして修学旅行では
班別行動の“選択肢”の1つに含まれるか含まれないか、行く?いや別にいい…みたいな扱いにされてしまう史跡(苦笑)
寺と神社が9割方、と言う京都観光において“城要素”は貴重だと思うんだけど、あんまり見向きされないんだよねぇ (^ ^;

何だか半分愚痴のようになりましたが、とりあえず宿を発って二条城近くのコインパーキングへ。
なんでか微妙に混みあっていて、空いている(そして手近な)駐車場を見つけるのに手間取りましたが入庫し
国重文 二条城 二ノ丸唐門
国重文 二条城 二ノ丸唐門

二条城の中へ!
え、何で正門である東大手門の写真じゃないんだって?
この当時、東大手門は改修工事中で
完全に工事の足場(覆屋)で隠されていたからです。
桃山様式の豪華な装飾で固められた門、いつ見ても立派ですわ…。

国宝 二条城 二ノ丸御殿

国宝 二条城 二ノ丸御殿

で、まぁ、二条城と言えばこの御殿ですわな。国宝!
日本の城郭建築と言うと「国宝5城」と称されて、国宝天守のある5つの城ばかりクローズアップされますが
いや、二条城の二ノ丸御殿だって国宝だから!城好きでこの建物を「見ない」って言う人は居ないでしょ!!
と言う訳でじっくりと殿舎の中を見てきましたけど…残念ながら内部は撮影禁止なのよね〜 (^ ^;
城好きの矜持にかけて盗撮なんかしないので、内部の写真はありませんwww

国特別名勝 二条城 二ノ丸庭園
国特別名勝 二条城 二ノ丸庭園

庭園の国宝と呼べる特別名勝、二ノ丸庭園もじっくりと観覧。
小堀遠州が作庭したと言う「八陣の庭」は、見る角度によって
様々に表情を変える“究極の池泉回遊式庭園”です。
御殿の中にいる間に、だいぶ雨が弱まってきました。
ちなみに小堀遠州さんと言うのは江戸時代初期の大名にして茶人・文化人として有名な小堀政一(まさかず)の事。
ありあまる文化の才能は作庭にも活かされ、手がけた庭は数知れず、日本各地に散らばっております。
なかなか面白い経歴を持っている人物なので、興味のある方はぜひ調べてみて下さい。

二ノ丸を一回りしたら、その奥の本丸へ。
国重文 二条城 本丸櫓門
国重文 二条城 本丸櫓門

濠を渡り、この櫓門をくぐった先が本丸。ですがこの櫓門がいわく付きで
本当は橋も覆うような建物と一体化し、まるで渡り廊下のような形になっていたものを
昭和になって、橋の覆屋部分を取り払ってしまったのだとか。文化財に何て事を!
古材はそのまま保管されているそうなので、いずれ復活を…しないだろうなぁ (T-T)
城の門なのに、外を窺う窓も何も無い“のっぺらぼう”な壁面ってヘンでしょ?
元々は通路の建物がくっついていたのを取り壊し、ただ壁として漆喰を塗っただけにしたからこうなりました。えぇんか、それで?!

国重文 二条城 本丸御殿
国重文 二条城 本丸御殿

って言いますが、この建物は明治になって移築されてきた「旧桂宮邸」でして
元来の城郭建築ではありません。二条城の現在の名前は「元離宮二条城」つまり
一時期、皇室の所有物となっていた事でこのような改変が行われた訳ですね。
ま、これはこれで趣のある建物ですし、今ではすっかり馴染んでいるので別に良いんですけど…
これまた、この建物も当時は「耐震補強の必要があるので立入禁止」だったんで、中には入れませんでした。トホホ…。

国史跡 二条城 天守台
国史跡 二条城 天守台

今では天守が無い二条城ですが(江戸時代に落雷で焼失しました)
立派な石垣の天守台は残されています。そこに登ってみれば
あたりを広く見渡せる高台。さっきの本丸御殿を含めて、上から良く見えます!
国史跡 二条城 本丸西虎口 国史跡 二条城 本丸全景
本丸の西虎口(出入口)、あんまりこちら側まで人が来ないので静かですねぇ…。
国重文 二条城 北中仕切門 国重文 二条城 本丸櫓門
二重の庇を持つ独特な屋根の北中仕切門や、先程の本丸櫓門を真横から撮影。
国重文 二条城 東南隅櫓 国重文 二条城 北大手門
東南隅櫓に北大手門…最後に城の外周をぐるりと回って、二条城を後にしました。

ここから車で移動し、次に訪れたのがこちら。
晴明神社 鳥居
五芒星の鳥居

普通は神社の名前が書かれている扁額に、
五芒星が描かれています。その傍らには
何やら眷属が控えている“一条戻橋”が。
この神社がどこかと言えば…
一条戻橋
晴明神社

陰陽師として名高い安倍晴明(あべのせいめい)を祭神とする
晴明神社です。オイラはまぁ、神も仏も陰陽師も信じませんが
物語としての晴明って、面白いキャラでしょ?
ちょっと見てみようと思い、やって来ましたw
晴明神社
何でも平安時代、この場所に安倍晴明の屋敷があったんだとか。
よく戦国武将とかも、死んでから神様として祀られて、館跡(城跡)が神社になってたりしますけど
ぶっちゃけ「コイツ負けたヤツじゃん?御利益あるの??」とか白い目で見ちゃったりする事も多々。
でも安倍晴明の屋敷跡なら、神社になるのもアリだと思うし、それなりにパワースポットと見てもいいかな…と(笑)

晴明神社はネタ的に訪れましたが、次に向かったのは正統派。絶対に有名なお寺なんですが
これまた、修学旅行では何となく省かれそうな(それって勿体ないと思うんだけど)所です。まぁ絶対行かないって事でも無いと思うけど…。
龍安寺 石庭

龍安寺(りょうあんじ)

白砂の海に石の島が浮かぶ石庭で有名な龍安寺。
この枯山水庭園、知ってますでしょ?
庭を眺めながら瞑想に至る…禅の世界です。
比較的賑わってましたが、静まりかえっておりました。

龍安寺 方丈
龍安寺 知足の蹲踞
雨に濡れてちょっと字が見難くなってますが、これまた有名な「知足の蹲踞(つくばい)」です。
真ん中の□に組み合わせるように、四周に「五」「隹」「疋」「矢」の4文字が刻まれています。
これらの字に「□」を付け足すと「吾」「唯」「足」「知」となり「吾れ、唯だ足ることを知る」
即ち、欲張らず現状に満足すれば心の平穏を得られると言う仏教観を示した意味に。
水受けにも禅の世界が表現されています。

もちろん、この龍安寺も世界遺産。二条城、天龍寺、東寺、それに平等院…。
今回の旅は、何気に世界遺産が多く含まれました。オトナの旅って感じ? (^ ^;

さて、そろそろ京都から家に帰る時刻が迫ってきました。最後に洛中でもう1箇所だけ見ておきたい!
龍安寺から手近にある“城跡”を狙い、軽く立ち寄ったのが
国史跡 御土居(おどい)

京都市内のあちこちに残る土手…そう、この土手
つまり土塁が、当時は京都全体を囲う城砦「御土居」でした。
豊臣秀吉が、京都の町を守る結界として作ったものですが
そのルーツは、関東を攻めた際に小田原城で見た“総構え”と呼ばれる大土塁。
小田原の町を囲った構築物は、京都にコピーされたのでした。
神奈川県民としては、ちょっと複雑な思いでこれを眺めました。
国史跡 御土居
っつーか、ここへ来るまでに金閣寺とか完全にスルーしているんだけどね(爆)

ところで、ここまでの道程で宇治や伏見、そして京都洛中は見て回ったけど
山科には行ってない…ので、最後の最後に立ち寄ってみたのが
国史跡 山科本願寺跡 土塁
国史跡 山科本願寺跡 土塁

寺、と言っても一向一揆の一大拠点だったので、事実上の城です。
今は公園になっている場所に、こんな分厚くて高い土塁が残ってます。
さっきの御土居と比べても全く遜色ない…と言うか、こっちの方がデカくないか?
土塁と言うより、まるで山なんだけど…。
城好きとしては、ここも見ておきたかった場所。住宅街の中にこんな山…いや、土塁があるなんてw
ちょっと驚きなんだけど! (^ ^;

山科は一向宗の本拠地でしたが、後にこの城(寺)は破却されて石山本願寺へ移ります。
この石山本願寺が大坂城になる訳で、一向宗って昔から城造りの名手だったんですねぇ。
当時の宗教勢力は大きな軍事力を有していた事が垣間見えます。
今は極めてフツーな住宅地となっている山科ですが、これだけの勢力を持っていたのだから
もしかしてまだ一向宗の息吹は残っているのかも?

で、山科の地から名神高速へ。ここからなら、京都東ICが目の前ですので。
(もちろん、それを踏まえたルート選定ですよん♪)
あとは一目散に帰るのみ。いやぁ、ディープな京都旅行楽しかった〜! (^ー゚)b



◆◇◆ 古都往かば 少し変わった 選択で 心も洗濯 夏空の下 ◆◇◆




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