★この時代の城郭 ――― 陣屋(1):陣屋の種類
吉宗が最初の封地とした葛野藩。もちろん、城が構えられた地ではない。この当時、
城が築かれたのは家格の高い大名の本拠地や幕府直轄の要地のみで、それ以外に
城郭は用意されなかった。以前にも記したが、こうした所に置かれたのは陣屋である。
ではここで、改めて陣屋についての考察をしてみたいと思う。「陣屋」という単語の源流を
遡れば、平安時代に宮中警護の衛士詰所をこう称したことに始まり、武士の世になると
兵士の駐屯所を指すようになったものである。戦国時代になれば、合戦時に兵が陣地に
留まるため置かれた臨時の建物の意味になる。要約すれば、陣城の建物といった感じだ。
これが変化して、江戸時代には「正規の城郭ではない武士の拠点=陣屋」となった。
正規の城でない構造物ゆえ、城に比べれば防備面が手薄になっている例が多い。要は、
領主が領内の政治や裁判を行うために設けた“役所”が陣屋なのである。このため、
基本的には敷地を塀で囲い、内部に屋敷や役宅を設置する程度の構えで、正規の
城郭のように櫓が林立したり、天守を揚げたり、多数の曲輪を分割して内部を迷路化
するような事は行われない。しかし、規模の大小こそあれ「城郭」と「陣屋」に明確な
分類規定がある訳ではなく、陣屋といえども城に倣って小高い丘や旧城地を使用し
少しでも防備を固くする努力が行われている。また、幕末期には外国船に対する警備で
築かれた砲台場やその付随陣地も陣屋として定義されたため、軍事機能が全く省かれて
いるという訳でもない。結局のところ、陣屋とは小城郭と呼んでも良い構造物なのだ。
そうした江戸期の陣屋は、学術上大きく3つの分類に分けられている。
A類 家格により領内に城を持つ事が許されなかった「無城格大名」の拠点
大半の大小名(およそ3万石以下)の館がこれにあたる。
B類 支配者が代官を派遣した陣屋(代官所)
1.幕府直轄地の陣屋 場所により統治拠点の奉行所なども含まれる
2.大名が飛び地支配のために置いた出張陣屋
3.旗本が領地に置いた陣屋
C類 海防のために置いた陣屋
いわゆる「台場」や、辺境要地の防衛陣地
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