★★★相州乱波の勝手放談 ★★★
#40 【速報】我が町に新しい博物館ができました
 




2022年7月30日(この原稿を書いている当日)、茅ヶ崎市に新しい博物館がオープンしました!
もともと、茅ヶ崎には「茅ヶ崎市文化資料館」がありました。しかし設備の老朽化や収蔵庫の不足、
新たな遺跡調査結果の発生などに伴い、新しい施設が必要になったとの事。で、今日のこの日に至った訳です。

旧来の「文化資料館」は我が家から遠く、車で行くにも駐車場所が無いので全然行かなかったんですけど
新しくできた博物館は自転車で行ける距離なので、真夏の暑い日ではありましたが
物は試しに、開館初日に行ってみよう!と思い立って、早速見て参りました。

初日は11時オープン、という話だったので、ちょっと早く行って開館のセレモニーでも見ようかと考え
家を早めに出たんですけど、現地に到着したのは10時半。ありゃ、いくら何でも早過ぎたかと思ったんですが
係員の方が言うには「準備が出来たのでもう開業しちゃいました、中へどうぞ」との事。
え?オープニングイベント的なものは終わっちゃったの?と少々残念ではありましたが
まぁ暑い中で30分待つよりも、さっさと入館できるならそれで良いかと頭を切り替えて、いざ!
10:30到着
10:30到着

自転車やバイクがチラホラと停まってます。
同じように早めに来た方が既にいらっしゃるようで。
ちなみに、駐車場はまだ出来ていないそうで
当面の間、自家用車での来訪は不可です(苦笑)
ご覧の通りバス停は目の前にあるので、
公共交通機関での来訪は簡単w
帰宅してから知りましたが、やっぱりイベント的なものがあったらしく
某・超有名地元議員(ほら、大臣経験者の…ネットスキルが異様に高いアノ方です)が来ていたとか。
道理で市の職員さんが山ほど居た訳だ(爆)
まぁ別に議員さんに興味は無いんですけど、何か面白い事でもなかったかなぁとw

と言う事で中へと参ります。立派なエントランス…。
茅ヶ崎市博物館 エントランス
茅ヶ崎市博物館 エントランス

その名も「茅ヶ崎市博物館」!
立派です。綺麗です。オシャレです。
ちょっとこの場所には似つかわな…いや、何でもない。

博物館だと、館内の撮影は不可かな?だとしたらデカいカメラを持って行っても無駄だなと思い
いつもの一眼レフは家に置いてきたんですけど、入館の際に係の方にお訊きしたら
「一部展示品を除いては撮影OKですよ」との事。やっぱり最近はSNS投稿でバズらせたいから
博物館も撮影許可を出してくれる所が増えましたね。と言う訳で、今回は全部スマホで撮影。
と言うか、ゴツいカメラを持ってきてガシガシ撮っている方、いらっしゃいましたねぇ(笑)
サマリー展示

入口を入った所がこんな感じ。
立派です。綺麗です。オシャレです。
ウッド調の天井。パステルカラーの壁紙。
まるでショッピングモールの
ショーウィンドウみたい (^_^)v
サマリー展示
展示品
そんなサマリー展示をいくつか。

こちら、注連縄?それに版木?
何となく文化財だと言うのは分かるのですが…
展示品 展示品
おっ、高札?木簡も??
展示品
土器とドングリ…という繋がりは
何となく理解できるけど、トンボ???
戦時統制下で菓子販売も
許可が必要だったそうで
その時代の貴重な証言者
「切符菓子販売所」の看板。
で、傍らには植物標本…?
展示品
どうやら、単純に「歴史博物館」という考え方ではなく、茅ヶ崎の風土や自然環境に即して
歴史・文化・自然科学を有機的に組み合わせた展示を行っているようです。昔風に言えば「本草学」?
いや、現代だと土地由来の総合人文学「茅ヶ崎学」という感じですかな?
だから「歴史博物館」「科学博物館」じゃなく「茅ヶ崎市博物館」なんですね。
パネル展示 パネル展示がそれを物語っています。
地形展示

だからこんな物も。茅ヶ崎市域の地形を
透明立体模型で展示しています。
この土台部分がモニタになっていて
時代ごとの海進や河川表示が
切り替わりで表示されるようになってます。
これ、良いですね! (^-^)
地形展示
日本最初期のサーフボード
日本最初期のサーフボード

そしてこんな物も。茅ヶ崎と言えば海、サーフィン。
明治末期〜大正頃でしょうか、ハワイからこうした
サーフボードを取り寄せ、波乗りをする文化が
花開きましたとさ。まぁ、オイラは根っからの
茅ヶ崎市民ですけど縁がありません(ドッカーン!)

あぁ、ちなみにレプリカ展示です念のため。



では展示室の中へ!(前振り長いよw)
もちろん全部の展示を紹介する訳にもいかないので、主なモノ(オイラの興味あるモノw)を掻い摘んで。
相模川水運
相模川水運

茅ヶ崎と言えば相模川。河口に面した町ですから
海と川との結節点、それを用いた水運や交通管制が
切っても切れない間柄。茅ヶ崎の旧家・藤間(とうま)家って
廻船で財を成した家だったのね(それ知らんかったw)
相模川鉄橋のレンガ部材
相模川鉄橋のレンガ部材

明治期の東海道線鉄橋で用いられた
レンガ部材も。え、鉄橋なのにレンガ?
まぁ、屁理屈は置いといて…これって鉄ネタなのか? (^ ^;
烏帽子岩ジオラマ
烏帽子岩ジオラマ

茅ヶ崎と言えば烏帽子岩。え、知らんって??
サザンオールスターズも歌っているでしょ?
「♪烏〜帽〜子〜岩が遠くに見える〜♪」(チャコの海岸物語)
「♪遠く遠く離れゆく烏帽子ライン〜♪」(希望の轍)
市民としては見慣れた日常の存在なのに
ジオラマにすると全然別物に見えて不思議…。
サザンオールスターズ
サザンオールスターズ

ほら、これこれ(笑)
下寺尾官衙遺跡群
下寺尾官衙遺跡群

そしてコレ。我が母校の地下遺跡。
市としては今いちばん売り込みたいネタみたいです。
でも全然整備が進みませんけど…。
詳しくはこちらでw
(↑この話題から既に7年が過ぎましたけど、全く進展ナシ)
下寺尾官衙遺跡群 編年表示
下寺尾官衙遺跡群 編年表示

ほらほら、こういう感じで展示も充実。
ホントに、早く発掘調査を進めて欲しいものですが…。
と言うかね、学生時代にオイラも掘ってみた経験が懐かしい。
(いたずらに掘ったんじゃなくて、ちゃんと学校活動として発掘したのね)
野鳥の観察
野鳥の観察

こんな感じで自然観察の展示も。
すいません、この関係は全然詳しくないので
「そんなのもあるよ」というだけの話で(滝汗)
東海道
東海道

茅ヶ崎と言えば東海道。往時の松並木が現在も(少しだけ)残り
一里塚、南湖の左富士(東海道の名勝だったそうで)などなど
今なお色々と語り継がれている―――何より、国道1号線が
現代でも大幹線道路として現役ですしねぇ。
ちなみに、真ん中の浮世絵↑は14代将軍・徳川家茂が朝廷に押し切られて渋々上洛する時の光景。
幕末動乱の1シーン、相模川を舞台に記録が残されたんですよねぇ。

他にも古代出土品の勾玉があったり、近代の南湖院(結核療養施設)の話があったりと
「あぁ、そう言えばそんなのもあったねぇ」と遠い記憶を呼び起こしてくれる展示内容。
でも全体的にライトな感覚なので、初心者向き…と言うか子供でも(何となく飽きずに)見られる雰囲気。
そういう展示を目指したんでしょうねぇ。上級者にはちょっと物足りないかもしれませんが。



で、ここからは企画展の内容を。今年は大河ドラマで鎌倉御家人の話が取り上げられているので
博物館でも「『鎌倉殿』の時代の茅ヶ崎」と言うテーマで展示しておりました。
馬入川橋脚模型

茅ヶ崎と言えば馬入川橋脚跡。え、知らんって?
まぁこれは余程の歴史マニアじゃないと知らんか…(汗)
鎌倉時代に架けられていた相模川の橋脚が、
関東大震災の時に液状化現象で地上に出て来たもの。
馬入川橋脚模型
源頼朝が落馬し、それが元で亡くなった?と言われるのは
この橋の開通記念式典に参加し、鎌倉へ帰ろうとした時の事。
大河ドラマでも、ここがじっくりと描かれておりましたな。
橋脚部品?地鎮具?

その橋脚に使われていた部品?と思しき鎹(かすがい)
そして地鎮の為に収められた古銭。
現代とは工法も部品も全く違い、
“中世”を感じさせる展示物です。
橋脚部品?地鎮具?
しかしね、茅ヶ崎の鎌倉御家人と言えば懐島景能(ふところじまかげよし)こと大庭景義ですが
大河ドラマではこれっぽっちも登場しませんでしたな。頼朝に奥州征伐を決心させた
股肱の家臣だった筈なのに…弟の大庭景親(かげちか)があれだけ敵対勢力として
大活躍しちゃったから、兄貴の出しようが無いって事だったんだろうなぁ(泣)
でもね、隣町(寒川町ゆかりなのね)の梶原景時があんなに、あーんーなーにフィーチャーされたんだから
茅ヶ崎市も景義を登場させるよう、もっと働きかければ良かったのに…まぁ今更だけどね (TヘT)



と言う愚痴ついでに、博物館の展示にも幾つか物申したい点が。
高札
高札

高札。展示品だから本物…の筈ですよね?
文面を読んでみると「王政御一新…」で書き始め、
「太政官」の名で発出されているようなので
明治維新の時、王政復古の掲示らしいのですが
面白そうな内容なんですが、ご覧の通り現代訳がどこにも示されていません。
これは片手落ちでしょう!こういうのって、普通はどんな文面なのか載せますよねぇ?
今すぐにでも現代語訳を印刷して、隣に張り付けて頂ければ(苦笑)

それともう1つ。この博物館、浄見寺(じょうけんじ)と言うお寺のすぐ傍に建てられているんですが…。
この浄見寺、大岡家の菩提寺。大岡家って?そう、江戸時代の名奉行・大岡越前守忠相の大岡家ですよ。
忠相さまのお墓も勿論あります。と言うかこの地域、大岡家の所領として代々引き継がれていました。
なのに!
大岡家に関する展示が全っっったく無い!どういう事?
この場所を選んだんだから、当然それを狙っての事なんじゃないの???
茅ヶ崎の偉人と言えば、桑田佳祐・加山雄三そして大岡越前じゃないんですかいな!
どうやら年間で数度の展示替えを予定しているので、いずれは大岡家の話も出る(かも?)んでしょうが
いやぁ、下寺尾官衙遺跡群や馬入橋橋脚痕(つまり古代や中世)を取り上げてばかりで
江戸時代(近世)の話がかなり抜け落ちているような感じは否めない―――と言うのは如何なものかと。

Oーちゃんさんからの受け売りだと、江戸時代初めに大岡家の初代が徳川家康から200石でこの地を賜った所、
仙台から駿府の家康の元へ向かっていた伊達政宗(62万石の大大名)が、道中ここで鷹狩をしようとし
「家康様から貰った俺の土地で勝手に鷹狩するんじゃねぇ!」と追い払われたとか。それを政宗が家康に話したら
「大岡は無骨者なので、許してやって欲しい」と言われ丸く収まったそうで。200石の旗本が62万石の大名に
喧嘩を売るなんて、相当に偏屈者だと思うのですが…。とまぁ、嘘か真か分かりませんが大岡家に関しては忠相だけじゃなく
色々と面白そうな話があるので、是非取り上げて貰いたいものです。

少々不満を述べさせて頂きましたが、全体としては良い雰囲気の博物館でしたよ。
これから展示替えを頻繁に行うと言うならば、それを楽しみに待ちましょう。
兎にも角にも、立派です。綺麗です。オシャレです。これ重要!
堅苦しかったり陰鬱なイメージだと、誰も見に来ませんものねぇ。

M69焼夷弾

最後にこんな展示物を紹介。太平洋戦争中に落とされた
焼夷弾の弾体です。茅ヶ崎近辺にも軍需工場があったので
いくつも落とされたようですが、城マニアとしては…
コイツが姫路城大天守に飛び込んだヤツか!
そして名古屋城を焼き尽くしたヤツか!!! (▼▼メ
M69焼夷弾
現代も世界各地で紛争が繰り返されていますが、人命や貴重な文化財を滅失させるのは愚かな行為です。



ってな感じで見学を堪能。こうした展示室の他、開放的な図書室なんかもあって
子供が夏休みの自由研究なんかを学習するには、手ごろな博物館でした。
これからの展示が充実するのを期待してます〜★
博物館全景
博物館全景

リゾートコテージをでっかくしたような建物。
スタイリッシュです。誰が設計したんだろ?
ちょっとこの場所には似つか(以下略)

そんな訳ですので、皆様も是非この博物館へお越し下さいませ〜★(と、宣伝してみる)


(2022年7月30日 19:50 校了)




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