二宮金次郎の陣屋■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
江戸時代中期〜末期の小田原城(神奈川県小田原市)主・大久保家の飛地陣屋として1699年(元禄12年)
築かれたもの。1698年(元禄11年)10月16日、時の小田原藩主・大久保加賀守忠朝(ただとも)が隠居して
長男・隠岐守忠増(ただます)へ家督相続した際に、忠増の弟(忠朝3男)・教信(のりのぶ)へ飛地であった
下野国芳賀郡内3ヶ村(物井村・横田村・東沼村)の4000石を分知。これに伴って翌年、物井村に知行地
統治の陣屋が作られた。これが桜町陣屋でござる。大久保家は本姓が宇都宮氏である為、教信は独立に
於いて改姓、宇津教信と名乗るようになった。以後、この陣屋は宇津氏の采地陣屋として明治まで続くが
旗本寄合の宇津家は江戸定府(江戸に常駐し在地には戻らない)とされていた為、桜町陣屋には役人を
派遣し、統治の実務に当たらせていた。■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
ところで陣屋成立から1世紀を経て、江戸時代後期になるとこの地の農村は荒廃を極め、4000石の石高は
公称で3000石、実高では800石程度にまで激減していたと伝わる。打ち続いた飢饉や圧政の結果、農民の
逃亡は相次いで、残されていた者も勤労意欲を失い、生産は上がらなかった。宇津家の困窮を見かねて
本家の大久保家からも財政回復の人材が度々送り込まれたが、いずれも上手く行かない。そんな中で、
宇津家5代目・教成(のりなり)の頃に小田原での財政再建で絶大な手腕を発揮した人物が桜町陣屋へと
やって来る。類稀なる農政家として名高い二宮金次郎こと二宮尊徳(そんとく)でござる。■■■■■■■
尊徳は小田原藩内の貧しい農民出身ではあるが、才覚を働かせて自身の家を復興させたのみならず、
近隣農村も発展させ、更には藩の重臣・服部家の負債を整理し“小田原にその人あり”と知られるように
なっていた。当時の藩主・大久保加賀守忠真(ただざね)は小田原藩の財政再建も彼に託そうとするが
藩内には農民出身の尊徳が藩の財務役に取り立てられる事を嫌う者もおり、まず実績を積ませる為に
桜町陣屋へ派遣したと言われている。斯くして1822年(文政5年)忠真は尊徳に桜町への赴任を下命。
翌1823年(文政6年)に名主役柄・5石取り2人扶持の待遇、移動料米50俵、仕度料の米200俵と50金を
与えられ現地へ入った尊徳は「報徳仕法」と呼ばれる農村経営術を実践して復興に着手する。1826年
(文政9年)には先任の宇津家家臣・横山周平が江戸へ転任となったため、尊徳が桜町陣屋主席となり
天保年間(1831年〜1845年)の頃には実高3000石を回復する程の成果を上げたのだった。後に尊徳は
小田原藩の御用、更には幕府直轄領の差配も任せられる程になっていき、桜町陣屋を離れる。■■■
国史跡の名建築■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
残された桜町陣屋はその後も宇津家の陣屋として使用されるも、1868年(明治元年)廃止。古建築のうち
村役人詰所長屋や木小屋は取り壊された。また、敷地内には八幡宮と稲荷宮の2祠が祀られていたが
1905年(明治38年)両社を合祀し報徳二宮神社が創建された為、これらの祠も廃されている。■■■■■
なお、報徳二宮神社は1935年(昭和10年)桜町二宮神社と改称の上、陣屋敷地の隣に遷宮された。■■
結果として陣屋の主屋が残存し、敷地を囲う土塁も大半が残った。この主屋は二宮尊徳が着任した際に
建てられたもので、後年に増築やその部分の取り壊しを経ているが基本的に当時の規模を維持している。
18.86m×7.54m、床面積124.07u。棟高7.88mの平屋建てで、上段之間(8畳)・次之間(10畳)・4畳間・5畳間・
3畳間の5室から成り、その他に板の間や土間などが付属する間取り。茅葺の寄棟造だ。■■■■■■■
敷地内の状況や主屋建物の保存状態も良く、土塁の外周には濠も残るため、1932年(昭和7年)3月25日に
国指定の史跡に。陣屋そのものの敷地は2万1297.69uだが、史跡指定範囲は1万4322.46uである。国の
史跡としての整備は十分と言えるもので、上記の陣屋主屋は1997年(平成9年)〜2000年(平成12年)にかけ
解体修理が行われている。また、発掘調査も行われて往時の建物礎石などを検出。加えて、二宮金次郎
ゆかりの地として、1885年(明治18年)3月「報徳訓」の碑が陣屋前に建立されてござる。■■■■■■■
ちなみに、市町村合併前の行政区分「二宮町」というのは“二宮尊徳の恩義”に由来するもの。また、
旧二宮町域の配達業務を行う久下田(くげた)郵便局の風景印(地方の名物を絵柄にした日付印)は
桜町陣屋主屋を題材に取り入れてござる。■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
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